支える

“走る楽しさ”をすべての人に伝えたい パラ選手との伴走で始まった新しい人生

●野口研治氏のインタビュー動画(5:41)

神戸を拠点に、子どもから大人、障がい者を対象にした「かけっこ・陸上教室」や個別指導を実施しているのが『T&F.net KOBE』。
代表の野口研治さんは、学生時代に陸上選手として活躍していたが、けがや病気で挫折を経験。走ることから一時離れたが、視覚障がい者アスリートの今井裕二さんと出会い、伴走者として復帰したことで、走る喜び・楽しさに改めて気付いたという。
パラアスリートを支える伴走者として、走り方を教える指導者として、いまも現役のマスターズ選手として、パラ陸上の魅力、神戸大会への期待を聞いた。

トラックを走る視覚障がい者のランナーと伴走者

視覚障がい者ランナーの今井裕二さん(左)と伴走する野口研治さん(右)。二人をつなぐ伴走紐で気持ちをあわせる【提供=野口研治さん】

―「T&F.net KOBE」の活動を教えてください

2009年に立ち上げた団体で、障害のある子どもたちも含めてですけども、子どもからお年寄りまで陸上を楽しんでもらうような「かけっこ教室」とか「陸上教室」を展開しています。

―指導者として、ことし東京パラリンピックが日本で開催された意義はやはり大きかったと感じられますか?

知ってもらうきっかけにすごくなりました。パラアスリートを目指す子どもたちももちろん増えてきていますし、障がい者のみなさんが一歩外に出るきっかけにもなったんじゃないかと思いますね。

―中学、高校、大学と陸上部で活躍されていたそうですが、視覚障がい者ランナーの伴走を始めたきっかけは?

大学2年生のときに視覚障がい者の今井裕二さんと出会いまして、伴走を始めました。選手と伴走者は“伴走紐”という紐を持って走るのですが、伴走者が前に行くと失格になるので真横か後ろをキープして走ります。私は長距離が苦手だったので、最初、伴走の話が来たときはお断りしたんですが、「短距離の伴走があるんです」って教えてもらい、その時初めて知りました。

―今井さんと一緒に数々の記録を打ち立てたそうですね!

2005年に、全盲の部の800mの日本新記録を今井さんと一緒に樹立しました。自分だけではなくて、2人が1つになって作品を作り上げる感じですね。一体となって走る感覚は、今でも新鮮に覚えています。

―伴走する、息を合わせるというのは、観ている分には簡単そうですが、、、やはり難しいですか。

本当にシンクロできるかできないかっていうのは、その日の2人の体調に左右されますし、お互いの調子を100%合わせていくんですよね。阿吽(あうん)の呼吸というか、言葉じゃなく、紐から伝わってくるものがありますね。

スタートに備える視覚障がい者ランナーと伴走者

スタートの号砲に備える今井さん(左)と野口さん(右)。【提供=野口研治さん】

―伴走者になるまでも、中学高校大学と陸上部で活躍されていたわけですが、けがや挫折を何度も経験されてきたそうですね。

元々は100mを専門にしていましたが、高校のときにひざを痛めまして、半月板を取り除く手術を受けました。そこで逃げたといいますか、スピードを出すのが怖くなって、そこから800mに変わりました。

―大学生の時には大きな病気でドクターストップまでかかったとか

疲労とストレスから、全身が病気になってしまいました。一命を取り留めるような感じで、1年間は太陽の光も浴びてはいけない状態が続きました。

それを乗り越えた後に今井さんと出会ったんですね。それまでは障がい者ランナーのことはほとんど知らなかったのですが、知れば知るほど、惹きつけられまして、「これが生きる道なのかな」と伴走者になりました。

―伴走を続けたことで、現役復帰も果たしました。

ドクターストップのあと、伴走はしていましたが競技は避けていました。ただ30歳になったころに、「逃げるのはやめて積極的に楽しもう」と一念発起し、トレーニングを再開しました。31歳で現役復帰して、小さな大会でしたが100m11秒75で優勝し、そこからいまも走り続けています。いま40歳を超えましたが、今年も100mを11秒8台で走っています

今井さんとの出会い、伴走者としての活動が、野口さんの人生を大きく切り拓くきっかけになったんですね。

ですのでずっと感謝の気持ちを忘れずに活動しています。

―神戸で行われる世界パラ陸上競技選手権大会は残念ながら延期になってしまいましたが、野口さんはどう受け止めていますか。

残念ですけども、むしろ前向きに考えています。スポーツって、「する」「見る」「支える」ってあると思うんですけども、大会が延期になったことで“支える人を増やす”いい機会じゃないかなと思っています。

これまで、パラスポーツを知ってもらおうと小学校での伴走体験会などに取り組んできましたが、コロナ禍で、今はストップしています。これを少しずつ復活させていきたいです。パラスポーツ・パラ陸上に興味を持ってもらう機会を増やして、神戸のまちにパラスポーツをしっかり根づかせる。そして実際の大会で、たくさんの子どもたちに競技場に足を運んでもらって、選手たちを応援して欲しいです。

―これからの目標を教えてください。

年齢を重ねても楽しめるスポーツとして、マラソンが脚光を浴びているわけですが、自分としては、短距離走を一生涯のスポーツとして広めたいです。「何歳になってもちゃんと100mダッシュできる」って、すごいことです。そうした全力で駆け抜ける喜びや楽しさを知ってもらいたいです。
子どもも高齢者も、健常者も障害のある方も、みなさんが「全力で走りたい」と思ってもらえる場を増やしていきたいなと思います。

―ありがとうございました。

野口研治さん

スタジオで思いを語る野口研治さん。「走ることは自分と向き合うこと。全力で駆け抜ける楽しさを、年齢・障害を越えて伝えたい」と話す。

<プロフィール>
野口研治(のぐち・けんじ)
1979年生まれ。中学時代に陸上競技をはじめ、高校・大学と選手として全国を目指す。ケガや病気で陸上競技を断念するも、視覚障がい者ランナーの今井裕二さんと出会い「伴走者」として復帰。現在は「T&F.net KOBE」の代表などとして障がい者や子どもたちを指導するかたわら、マスターズ選手としても活躍。

放送/ラジオ関西「ばんばひろふみ ラジオdeしょー」2021年12月15日OA
インタビュアー/ばんばひろふみ、増井孝子、露の吉次

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