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高校生の技術がトップ選手の投てきを支える 神戸科学技術高校の挑戦

「もっと身近にパラ陸上を見てもらおう」と、2022年春、神戸のまちかどでパラ陸上種目を実施するプロジェクト「ストリート陸上@神戸」がスタートする。これは日本パラ陸上競技連盟が神戸2022世界パラ陸上競技選手権大会組織委員会と連携して展開するもので、第一弾として座位投てき(砲丸投げ)の公認記録会が4月30日に神戸メリケンパークで開催される。

この日本初の記録会を支えるのが神戸の高校生の技術力だ。

パラ陸上の投てき競技では、アスリートは、サークルに設置された「プラットフォーム」に自分専用の投てき台を固定し、座って競技を行う。この「プラットフォーム」の存在なくしてパラ陸上の投てき競技は成り立たない。

実は、神戸市立科学技術高校では2021年秋から、このプラットフォームをつくるプロジェクトがスタート。実物をみたことがないところから、生徒たちは完成までこぎつけた。科学技術高校機械工学科・科長の小柳光浩さんと、プロジェクトリーダーの今村真也さん(3年生・当時)に話を聞いた。

校内の最新設備を説明する科学技術高校機械工学科・科長の小柳光浩さん

―「科技高(かぎこう)」の愛称でお馴染みの神戸市立科学技術高校ですが、校内にはたくさんの大型設備がそろっていますね

【小柳さん】神戸工業高等学校と御影工業高等学校の、2つの工業高校が統合再編され2004年に発足しました。マシニングマシンや3Dプリンターなど国内トップクラスの設備が揃っていて、専門性を持った生徒たちが日々勉強や経験に取り組んでいます。

―そんな科学技術高校のみなさんが、今回、パラ陸上の投てき種目で使うプラットフォームづくりに挑みました。

【小柳さん】神戸2022世界パラ陸上競技選手権大会組織委員会から、「プラットフォームをつくってくれないか」とオファーをいただいたのがきっかけです。生徒たちにとっても、モノを作るという実体験を通じて自分の適性や資質を知る機会になると思ってお引き受けしました。このコロナ禍でオンライン授業もなされていますけども、実際に触れて体験し、学習することはとても意義があったと思います。

―「プラットフォーム」の実物も見たことがない中で作り始めたそうですね。

【小柳さん】今回、機械工学科の生徒たちに募ったところ、9人が手を挙げてくれまして、工程ごとに4つの班に分かれ、それぞれ並行して進めました。プラットフォーム本体の図面を一から作り3Dキャド(コンピュータを使用して設計や製図をするシステムのこと)に起こす班、装飾品の図面を起こす班、レーザーやシャーリング(切った断面を丸くして角をとる)で部品を切り出す班、そして最後に溶接で組み立てる班。それぞれ、生徒たちは3年間で学んできた技能を生かして取り組んでくれましたが、見たことも使ったこともないものを作るのは大変でしたね。インターネットで調べることからスタートし、陸上競技機器のメーカーにも問い合わせながら進めました。

 

投てきプラットフォームの設計図

様々な角度から見ることができる設計図

パソコンに向かう高校生

プラットフォーム本体の図面を一から作った設計班

―特に気を使ったのはどのあたりでしょうか。

【小柳さん】全ての工程にいえることですが、実際に人が使うものですし、安全性には特に気を配りました。座位投てきの選手も体格は様々ですし、特に国際大会となれば大柄な選手もいます。ですからプラットフォームには、どんな選手が上にのって例えば砲丸を投げてもずれない重さが必要です。ただ重すぎると今度は持ち運びに不便で練習用としては使いにくくなります。

どのくらいの重さや強度が必要なのか。生徒たちは、選手が投げるときに生まれる遠心力の計算し、検討を重ねました。最終的には1562mm×2312mmの長方形で、重さは150キログラムに落ち着きました。

 

―生徒たちの活動を間近で見てこられて、いかがでしたか。

【小柳さん】それぞれに生徒の卓越した技術が光っていると思います。H鋼を目的の長さに切ることや、切った断面を丸くして角をとることもモノづくりの基本で、簡単に見えますが難しいことです。教員としては、「科技高の3年間で学んできたモノ作りの実技や技能を生かして取り組んでもらい、更に高めてもらいたい」と思い、製作を見守ってきました。

プロジェクトリーダーを務めた今村真也さん(3年生・当時)

―今村さんは、制作のリーダーとしてチームを引っ張るとともに、一番最後の溶接を担当されました。

【今村さん】部活動でも溶接研究会に所属して学んできましたし、関連する国家資格を3つ取ることもできました。自分にとって、科技高での3年間でこだわってきたのが溶接でしたし、ほかのメンバーが設計し、切り出して出来上がった部品を組み立てる役割なので、責任を感じながら取り組みました。

―今回、このプロジェクトにはどのような思いで参加したのですか

【今村さん】今までもラグビー部のためにベンチプレスを作ったこともありました。そういった学校内の規模だけじゃなくて、社会全体の規模として自分の腕を確かめたりとか、貢献したいなと3年間感じてきたので、手を上げました。

―実際に参加し、作業をしてみてどうでしたか

【今村さん】「投てき用プラットフォーム」を見たことがなかったので、最初はやっぱり、イメージが湧かず大変でした。ほかのメンバーの手で図面ができ、設計段階に入り、部品が出来上がっていくにつれて、イメージをだんだんと掴むことができてきたと思います。そこからは作業もしやすくなりましたし、自分の中では、これはいける、と自信をもって仕上げることができました。

今村さんは溶接班としても作業。科学技術高校で学んだ技術を込めた

―今回のプロジェクトをきっかけにパラ陸上への興味も強くなったそうですね

【今村さん】パラ陸上については正直今までは意識して見たことはありませんでした。ニュースで見かけるとか、メダルを取ったとか、そういうことでしか見る機会がなかったです。ですので、今回、実際に選手が使うための器具を作ることをきっかけに、自分でも調べましたし、これから日本のパラ選手がどんな活躍をしていくのか関心をもって見ていきたいです。

―今回の経験を今後にどう生かしていきたいですか

【今村さん】卒業してこの春(2022年4月)からは、就職して働くことになっています。今回のような社会貢献活動は、学生時代だけでなく企業に入ってからも求められると思います。まだ僕は18歳ですし技術者として未熟ではありますが、今回培った“志”をもって、これから社会の一員としてしっかりやっていきたいと思います。

―半年間のプロジェクトを見守って小柳先生はどう感じていますか。

【小柳さん】プラットフォームの物作りを通して彼らは、社会性や信頼、コミュニケーション力、思いやりの気持ちを大切にすることを感じ取ってくれたと思います。彼らは高校生ですが社会の一員であり、地域に貢献しながら学ぶことで、自分たちの存在意義を感じるとる良い機会になった思います。今回の1台目はあくまでプロトタイプです。この取り組みを次の学年にも引き継いで、今後さらに製造していきたいと思います。科学技術高校の文字が入った投てき用プラットフォームが、国内大会や国際大会で使われる日が来ればうれしいです。

完成したプラットフォームを前に、卒業の記念撮影。

今回、科学技術高生がつくったプラットフォームは、4月30日の「ストリート陸上@KOBE」で初お披露目され、そこでの運用を踏まえ改良を施し、将来的には、2024年の神戸大会の練習会場で使用される予定だ。

需要が少なくほぼ受注生産のため、市販品で購入する場合100万円は必要ともいわれているだけに、科学技術高校の取り組みが、神戸はもとより関西や日本のパラ陸上のすそ野を広げることにつながるともいえる。

4月30日は、アスリートの力強い投てきとともに、それを支える神戸の工業高校生たちの技術にも注目だ。

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